アイマスの衰退と向かい合う

職業柄、面白いことを言う人だと思われたいので、クライアントの事業戦略をヒアリングする際に「でも、これから日本はシュリンクしますよね?」なん て人を食ったような質問を投げたりします。安倍政権による経済政策の結果がどうであれ、遅かれ早かれ国内市場の縮小からは逃れられないというコンセンサスがあるので、ここ数年の民間企業は海外展開や規模縮小に向けて淡々と努めきたというのが実情でしょうか。

自国の将来の衰退を受け入れると、意外とやるべきことが明確になって経営企画部門が元気になったりします。元気が余って業務改革の人手が足りなくなったら、お手伝いさせていただくというのが我々の生業です。世知辛いものですが。

 

翻っ て、自分が趣味の一つとしているアイマスについてですが、因果なもので、こんどは自分達が外部から「オワコンですよね?」と言われても仕方がない状況にあ ります。アイマス全体が縮小しているわけではないのですが、アイマスの初期を支えた765プロのアイドル達が、これまでのようにアイマスの経済圏を牽引する存在ではなくなってきているというほうが正確でしょうか。アイマスが生み出すキャッシュフローの大半はモゲマス・グリマスといったソーシャルゲームであることは数字が物語る事実です。

ア イマスが10周年を迎える時期に発表されるであろうPS4の新世代アイドルマスターでは、もう765プロのアイドル達をプロデュースすることはできないでしょ う。そういう雰囲気を感じ取って、これから一年間ぐらいは、創作者の初代アイマス卒業論文的な力作がネットで次々と公開されるのではないかと予想しています。それはそれで楽しみではありますが、寂しい話でもあります。10年も続けば年齢的に「いつまでもこんなことしていられないな」と区切りをつけて引退する方も多くいらっしゃることでしょう。

 

別のブログでも述べさせて頂 きましたが、初代のアイマスに致命傷を負わせたのはアニマスというのが私の意見です。アニマスの内容自体は本当に素晴らしいのですが、アイマスで重要なリソースである一年という時間を限界まで進めてしまい、かつ、劇マスでアイドルを頂点に近いステージにまで引き上げ、公式自らの手でプロデューサーがやるべきことを全て奪ってしまいました。想像力が根こそぎ刈り取られ、彼女達について語ることが少なくなってしまいました。

それでも初代アイマス の765プロを愛し続けるプロデューサーは残るでしょう。彼等のために作られたといっても過言ではないOne For Allでは、一年という制約はなく永遠に時間が繰り返されます。村上春樹が小説で示した「世界の終わり」というやつです。初代アイマスを捨てきれずそこに 居残ことを選択する者が多数に上ることは今から予想できる事態です。しかし、それを座して待つべきでしょうか?

 

ここは一つ古人の知恵を借りてみましょう。

九鬼周造という哲学者がいます。彼の代表的な著書「『いき』の構造」では安易に結びつく男女を「野暮」とし、あえて距離を置く事による「粋」を解説して います。アイマスに触れている方であれば、これがアイマスアイマスたる所以にした「ヒロインが振られる」シーンで示されている事を思い出していただけるのではないでしょうか。

九鬼は「粋」とは「媚態」「意気」「諦め」として表れると説きます。これは、未熟な美しい少女の人生を預けられ、 日々の活動で少しずつ信頼を深め、トップアイドルとして羽ばたかせるという、プロデューサー諸兄が知るアイマスのゲーム体験によりなぞられるものです。担当アイドルによってはプロデューサーとの野暮なエンディングもありますが、それも一時の熱であって、やがておとずれる卒業には備えなくてはならないのだと思います。

 

古人の教えに従うとすれば、我々は彼女達に別れを告げるべきなのでしょう。それも公式から追い出されるような無様では格好がつきません。彼女達を大切に思うからこそ、自らが生きる屍とならないうちに、終りにするのがプロデューサーの作法ではないでしょうか。

少し、想像してみましょう。どんな言葉も涙でさえも、二人の心境を表現するのは難しいことでしょう。またそれは甘美な痛みでもあることでしょう。そこに九鬼の説いた「粋」があるのだと思います。

九鬼周造の「『いき』の構造」を援用したアイマスの構造分析は別の機会に書いてみたいと思います。)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)