今更ながら「惡の華」

ネットで無料の動画や漫画が溢れる時代、活字を好んで消費する人は少なくなっています。テキストの消費自体はむしろ増えているのではないかという意見もあるのですが、これは2chやらLINEやらTwitterのような短かなテキストに限定されてると思います。このような状況で小説を読む人、ましてや詩集を読む人の数は絶望的に少なくなるわけです。

あとですね、やはりテキスト消費が低調になる原因として、それが趣味として「ダサい」という点も挙げられますね。何を気取ってやがるんだと。ダサいというよりも「イタい」というわけです。世間の文学少年のイメージは、だいたい「惡の華」の春日君みたいなものでしょう。

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ロトスコープという技法とそれに伴う原作しかと加減で話題になった「惡の華」ですが、思春期の古傷を抉ることを狙いとしてて、私みたいなサブカル野郎には堪えるわけですよ。はい、あんな感じでしたよ私の高校時代。絶対俺の同級生が「惡の華観てたら「うわっ、この春日って○○(私)みたい」って思ってるに違いないですもん。やめてー。

いつの時代もマイノリティであることを強いられる文学少年(自称)。自分が何故その道を選んだかというと、世相を覗き見れば不安定な要素ばかりなので、今現在の時代に提供されているコンテンツを信用できないと考えていたような記憶があります。とりあえず古典ならばハズレはないだろうと。

不思議なもので、仲村さんとは比べられないですけど、私のような人間には少しドロップアウト気味の女性が関心を持ってくれるらしくて、春日君のように色々連れまわされた記憶があります。弄りやすかったのでしょう。だから惡の華を観てると、おそらく作者や監督の思惑通りに、「くそう、なんで知ってるんだぁー」と悶絶せざるを得ないわけです。

あと、この手の深夜アニメでは放送後のディスク売上(いわゆる「円盤」)で投資を回収するのが定石らしいですが、ネットで惡の華は売れないだろうという予想がされてて、見事に的中されています。惡の華を観るような奴は金を落とさないサブカル野郎だと。そう、そうだよ。何で分かるんだよ。などと狼狽してたのもよい思い出です、はい。

 

もし惡の華」が商売っ気を出すんでしたら、解説本みたいな活字媒体を売り出せばよかったのだと思います。それでしたら、多分買ってましたよ、私。なんか春日君が面白そうにしてたら読みたくなりますもの惡の華

それで読んでみたんですよ、ボードレールの「悪の花」。率直に言うと、つまらんです。同じ理由でリルケとかも駄目。お酒と同じで合う合わないの問題だと思いますけど、どうも欧州のキリスト教アガペーとエロスをきっちり分離された人達の概念的な詩というのは、自分の心に響かず通り抜けてしまうようです。日本人には日本語の詩があっているものらしく、自分には三好達治室生犀星萩原朔太郎が合っているようです。ちなみにサントラはよかったですけど、これも好みの問題ですかね。

 

こんな時代に自分から詩集など買って読むこと自体あまりないことだと思いますけど、もし読んでみようかと思う方がいられたら、最初は難しく考えずパラパラと飛ばし読みして気に入った言葉を拾うぐらいの感覚でよいのではないかと思います。実際、自分もそうすることにしています。そうした中で、何か作者が伝えようとした空気というか情念というか、そういうパッケージングされた景色が何となくわかったような気になれば、それで詩読としては十分なのだと思います。

これから日々秋が深まる季節です。読書の秋とはいえ普段見慣れない活字の長文を手にするのも億劫な方、詩集でも手にとってみてはいかがでしょう?日本人の詩集を読んでみると、結構、日本語の面白さが再発見できるものです。我々は少しネットのテキストに慣れ過ぎているのかもしれません。

三好達治詩集 (岩波文庫 緑 82-1)

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室生犀星詩集―室生犀星自選 (岩波文庫 緑 66-2)

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萩原朔太郎詩集 (岩波文庫)

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