高槻家の家計簿

職業柄、新しいお客様の仕事に取り掛かる前には、インターネットに落ちている情報ぐらいは極力目を通すようにしています。引き合いを頂いたお客様に対する礼儀だと思っています。ネット上の情報が少ないお客様でも財務情報は載っているものです。やはり財務諸表は情報源として強力です。

市中の財務分析に関する書籍を紐解けば、様々な指標の計算方法が載っていますが、私が先ず読み取ろうと心がけているのは、お客様がどのような問題意識を持っているのかという点です。これは財務諸表上に顕在化している傾向から読み取れます。悪い症状は分かりやすいのですが、財務状況が健全であっても問題がないわけではありません。例えばお客様の売上が順調に推移していたとしても、現場を覗けば担当者が忙殺されていて、問題が山積みになっていたりするものです。

 

このような思考を習慣としている私がアイドルマスターのコンテンツに触れると、自然とアイドル達の家庭の家計に関心が向いてしまいます。お客様の問題解決が生業ですので、どうしても家計に問題を抱える高槻家から目が離せなくなってしまうわけです。

 

首都圏の自治体だと高槻家の家族構成でおよそ4万~5万の補助が出ます。

こうした仮説から、高槻家が一日の食費に充当できるのは、およそ2千円ぐらいではないかと推測しています。この2千円という金額が絶妙で、8人家族の食事を準備するのにギリギリの水準なのではないかと思われます。育ち盛りの多い高槻家ですが、正規の値段で生鮮食品を食べたいだけ買えるわけではありません。駄菓子などもっての他ですね。何か食べ物はないかと冷蔵庫を開き、がっかりした表情で閉める子供達の姿が目に浮かびます。

摂取する糖分が低ければイライラするものです。アイマスというほのぼのとしたコンテンツの中で仲良しに描かれてしまう高槻家ですが、やよいの口から時折こぼれるように、実は喧嘩が絶えないのだと思います。私はそれを悲観しません。そんな騒々しい家庭で培われた我の強さが、高槻家の兄弟達の逞しさに繋がってゆくのでしょうから。

同じ理由で味付けも濃いものになるはずです。少ないおかずでできるだけお米を詰め込むのが低所得家庭の食卓ですから、先ず子供達がそれを求めるでしょう。あと、このような家庭で育つと食事が作業的になってしまいがちです。そのような悪習が、事務所を出会った人々を通してよい方向に軌道修正されるような話があるといいかなと思っています。

そんな高槻家の子供達にとって学校給食は貴重な生命線であるはずです。自宅で好きなだけ食べられる子供達とは違うので、余ったパンとか牛乳とか持ち帰ったりしているかもしれません。カルシウムは不足しないので、意外と高槻家の男子達は骨太に育つのかも知れません。学校給食制度というのは有り難いものです。

こうして食いつなぐことはどうにかなりそうですが、自然と衣類が一番後回しにされる出費になるはずです。これは高槻家の姉妹にとっては辛いでしょう。周りがおしゃれをしている時期に数少ない服の着まわしというのは、やはり寂しい思いをしてしまいます。着る物のバリエーションが少ない女の子は、どうしてもクラスのオシャレなグループから外されてしまいますからね。かすみちゃんにとってはこれが一番辛いと思います。事務所のお姉さん達からお下がりが貰えたりするとよいのですが。

 

こうしたギリギリの生活をしている高槻家の資金繰りで最も脅威となるのが子供達の病気です。熱でも出して病院に駆け込めば5千円ぐらいは軽く飛んでゆくでしょう。もしかすると風邪ぐらいならばと高をくくって自宅で治してしまおうとするかも知れません。その結果病状が悪化したりして余計な費用がかかったりするのではないでしょうか。アイマスのゲームでやよいの給食費をプロデューサーが無心する有名なエピソードがあります。そのイベントの前に弟の誰かが病気になっていたのかも知れません。

 

こんな綱渡りな家計を助けるため、やよいは事務所で働こうとします。偉いです。

しかし、このやよいの決断は高槻家の弟妹達に大きな負担となってしまいます。やよいが働き始めて安定した収入を得るまでには、少なくとも半年ぐらいの期間が必要となるでしょう。その間、弟妹達は姉という手厚い保護者がほぼ不在の状態で生活しなくてはなりません。「高槻家の危機」とでも命名すべき問題です。確かに高槻家には両親がいます。それでも、これまでのやよいの弟妹達に対するケアの厚さを考えると、二人の親でやよいが抜ける穴を埋めるのは容易ではないと思えるのです。

そんな高槻家の生活に要するリソースの少なさを考えると、アニメやゲームで易々とやよいが深夜まで働いたり外泊するシーンを観る度に心配が募りますし、やよいが楽しそうにしている姿にも、イマイチ感情移入できません。一瞬だけでも家に電話を入れるシーンぐらい差し込んで欲しいものですが、あまり需要のないシーンらしく今までお目にかかったことはありません。ここは、長介君が頑張っていると信じるしかなさそうです。

 

ではその「高槻家の危機」を乗り切った後では事態が改善するでしょうか。残念ながら高槻家の弟妹達には貧困家庭固有の後遺症が残ってしまうと思います。姉の収入で衣食住は改善しますが、弟妹達はそれに甘えて自分達の将来を真面目に考えなくなるでしょう。これは弟妹達の惰性に思えますが、実はそうではありません。長年切り詰めた生活を続けると、人間は自分が持っている可能性について否定的になります。学習塾にも行けず成績が悪い長介君は自分が馬鹿だと思い込んでいるかもしれません。かすみちゃんは自分の消極的な性格を自分で選択した結果だと思い込んでいるかもしれません。やよいのシナリオだけ、True Endに至るまでの道のりはとても長いのです。

こうした高槻家の問題を親身なって心配してくれるプロデューサーが増えてくれるとすれば、それはとても素敵なことだと思います。とはいえ、アイマスは平等なコンテンツですから、そんなしみったれた家庭の事情など脇においてただやよいを愛でたいと考えるファンの方も歓迎すべきなのだと思います。

と、ここまであたかも高槻家の事情を知っているかのように書きましたが、これはあくまで高槻家の財務状況を推測した上での仮説でしかありません。やよいがどのような思いで日々生活しているのか我々には知るよしがありません。

それでも実験的な試みはできます。千円札一枚を握り締めて、近所のスーパーに行ってみてください。家に十分なお米があると仮定して、弟妹達のおなかを満たす料理を揃えてみてください。

安直にレトルト食品に手を出して弟妹達の栄養が保てますか?

それだけのたんぱく質で弟達は満足してくれますか?

そうして悩んだ果てに食材を整えた貴方を誰かが貧乏人と罵るかもしれません。

弟妹達のために耐えられますか?

そんな嫌な思いをしても家に帰って弟妹達に笑顔を絶やさないでいることができますか?

そうして買い物で考え抜いた後は、短時間で弟妹達の食事を整えなくてはいけません。辛いですね。どうしてやよいは一言も不満を漏らさないのでしょうか?

貴方の手の平の中で皺になった紙切れ一枚が、やよいのことを考えるきっかけになってくれると嬉しく思います。

 

たかがゲームのキャラクターなのですが、どうしても公式の高槻家の設定には無理があるので、こうした考察をし出すとシリアスな話になってしまいますね。とりあえず言いたかったのは、冷たい数字の世界と思われる財務の分析も、当事者達がどのような活動をしている結果であるのか読み解こうとすれば、色々見えてくるものだということです。

 

最後に、私が高槻家の家計簿を考えるときによく思い出す室生犀星の小説 「死のいざない」の一部を引用します。野木という主人公の男性が、病床の婦人が記していた家計簿を眺めるシーンです。

人参、大根、キャベツ、芋、小松菜、白菜、という美しい野のものどもも、いたづらに埃をかむっていて忘れられていることも、勝手の納屋に出て見て気がつくのだが、しなびては食料にすらならなかった。

凡てそれら一さいの書付にあらわれる十銭五十銭三十五銭三円二円一円八十銭五円五十円という数字は、真白な帳面の右の方からおこり無限の起伏高低の波濤をつくり、一枚の裏側に向けて飛沫をあげていた。

それらの女の仕事というものが一々経済と結び付き、金銭の計算だけでもどれだけ心を痛め頭をつこうているか分からなかった。

いつか「高槻家の危機」が克服された後で、野木のように、弟妹達が姉と生きた日々に思いを馳せる時がくるのではないかと、私は信じて止まないのです。

 

あにいもうと・詩人の別れ (講談社文芸文庫)

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