「鈍い光」の季節

過激な発言で議論を呼ぶ石原慎太郎氏、ご存知の通り政治家だけではなく作家としての顔も持っています。政治思想が云々と無粋なことは申しませんが、文芸を保護する彼の姿勢については支持したいとかなと思っています。

同じ個人に端を発する政治行動と小説作品ではありますが、個別に評価されるべきものだと私は考えます。石原氏と政治的立場が異なるであろう大江健三郎氏についても、もし彼の政治的な発言により彼の小説が敬遠されてしまっているのであれば、それは文化的な損失ではないかと思うわけです。それはそれ、これはこれ。ということで、今回のネタは慎太郎氏の「太陽の季節」です。(波飛沫アンド波飛沫)

 

残念ながらこの作品、一部の描写が一人歩きしていますよね。障子をアレで突き破るアレです。アレって何?ナニかなあ?まあ気になる方はどうぞ調べてみください。石原氏が失言をすると、あんな小説書いてた爺さんが何を偉そうにとネットで揶揄されるのは、もう様式ですかね。

でもですね、私は嫌なんですよ。自分が読んでもいないものにケチをつけるのが。ということで手にとってみて読んだといえば読んだので堂々とケチをつけてもいいかしらとも思うのですけど、他の作品も読んでみると考えさせられることが多々あり、簡単に判断できないかなと自分の中での評価が二転三転しているところです。

作家石原慎太郎氏、若いです。堪えません。直ぐに暴力に訴えてしまいます。これでは当時の読者が乱暴者ばかりということになってしまいますが、さすがにそんなことはないでしょう。それでも当時の戦後間もない時代の根底にあった焦燥感のようなものをしっかり拾っています。では、暴力者の話かというと、そう単純ではありません。慎太郎氏の作品に出てくる主人公は「坊や」です。実は太陽の季節もヒロインに手玉に取られているところがあって、こうした純朴故の不器用な立ち振る舞いが石原氏の文学の特徴なのではないかと思うわけです。

女性陣からは暴力三昧で実はピュアですとかふざけんなといわれるかも知れません。その替わりにヒロインは美しく描いているかというと、これがなかなかビッチで空いた口が塞がらないのですが、これも時代を反映したのかも知れません。いや、決して実際の女性達がそうだったというわけじゃないでしょうけど。

 

小説の良し悪しは結局のところ読む人に拠ると言えばそれまでですが、自分の場合はゆっくりと人物の心理の移り変わりが描かれ最期に決定的な場面を迎えるような展開が好きで、ヘミングウェイのような地味な展開が心地よいわけですよ。太陽の季節も地味なボクシングの話から始まって、おーいいじゃんと思ったのですが、若き日の慎太郎氏は突っ走ってしまうわけです。これが逆に評価されたのでしょうね。うまく主人公の心情的な「圧縮」ができず容を崩して破裂してしまいます。私が期待していたような後味はなかったのですが、綺麗に終わるばかりが小説ではないということでしょう。

この「圧縮」が最も分かり易く作用しているのが、村上龍氏の「コインロッカーベイビーズ」でしょうか。ある意味物理的にではありますが、主人公の二人が最初から圧縮された心情で始まるこの物語、後は爆発するのみで、華々しく成功した長距離弾道弾小説と評して差し支えないかと思います。あと、もう一つ思い出した作品が西村賢太氏の「苦役列車」ですね。苦役列車の主人公は色気の欠片もない人物ですが、不思議な事に慎太郎氏が描くヤリチン主人公達よりも人間の業に苦しんでいる様がよく描けていると思うのです。こっちは不発弾ですかね。冒頭の排尿のシーンが暴力的な発散もできない若者の姿を象徴していて印象に残ります。

考えてみると、表現方法は異なれど、若者を描く小説はその時の作家の自由に任せればよいという基礎を慎太郎氏が築いてくれたからこそ、後世の若き小説家達が好き勝手できるようになった側面もあるのではないかと思います。もし慎太郎氏の太陽の季節が古典的な手法に則った作品であったならば、戦後の小説は今よりつまらないものになっていたかも知れません。慎太郎氏が西村氏を評する際に冠した「鈍い光」という言葉には、これも太陽の季節の残光なのだという慎太郎氏の自負が潜んでいるような気がします。

 

最後に取って付けたような補足になってしまいますが、慎太郎氏の「ヨットと少年」は慎太郎氏の初心さを結晶化したような美しい作品になっています。娼婦に本気で惚れる純朴な坊やの話ですが、良くも悪くもこれが石原氏の正体なのではないかなと考えてみたりするわけです。

それにしても当時と比べ余りにも時代が変わってしまいました。だからこそ、作家石原慎太郎氏が再発見される日もそう遠くないのではないかと思います。

太陽の季節 (新潮文庫)

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コインロッカー・ベイビーズ(上) (講談社文庫)

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苦役列車

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